秋田県におけるスペイン風邪の猛威~1世紀前のパンデミック~

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柴田知彰

大正7年(1918)3月にデトロイトなどで流行したインフルエンザウイルスによる感染症は、米軍が第一次世界大戦に参戦したことで欧州に拡大し、同年秋には世界的大流行(パンデミック)となり各国で医療崩壊を引き起こした。中立国スペインでの流行が参戦国の情報統制外だったため、「スペイン風邪」と呼ばれることになった。
内務省衛生局『流行性感冒』は、国内の流行期間を第1期(大正7年8月~8年7月)、第2期
(大正8年9月~9年7月)、第3期(大正9年8月~10年7月)に区分して統計を出している。3
期を合計すると、全国で感染者2378万4122人、死者38万8198人、そして秋田県では感染者25万3421人、死者4485人に上った。大正8年2月12日の「秋田県報」を見ると、第1期における県内の惨状と人口約100万人の内約25万人が感染し約3200人が死亡したこと(致死率1.3%)を報じている。感染者数では流行期間の内、第1期に98%が集中していた。
秋田県報」掲載の「流行性感冒予防心得」全10条は京阪地方で再流行したスペイン風邪に対する予防を県民に呼びかけたもので、室内換気、劇場や料理店、多人数会集の規制、マスク着用など現在の感染症予防に通じる点が多い。再流行したウイルスは変異性の兇悪なもので、京阪地方から隣県山形に北上していた。しかし、県内では2月以後の感染爆発は防がれた。そして、全国的に見て第2期では感染者数は一桁減り、第3期では二桁減っている。スペイン風邪の終熄には3年掛かった。
医学においてウイルスに関する知識が乏しい時代だったが、衛生上の予防策がある程度の効果を生んでいた。現在流行している感染症スペイン風邪と同じく論じられないが、行政による予防普及、数波にわたる流行への対処など参考とすべき点が多い。

秋田近代史研究会会報187号(2020/5/7刊)

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